Uchiyama Gudō, letter to Itō Shōshin
Letter sent by Uchiyama Gudō to Itō Shōshin 伊藤証信, early November 1905. The letter was subsequently published in Muga no ai 無我の愛, no. 13 (10 December 1905). (English translation here.)
- 宛先: 伊藤証信
- 日付: 明治三十八年十一月初旬 [early November 1905]
脱宗号謹んで拝読仕候、何人も今の世に在って、真面目に道の為に働かんとする者は、魔窟より発する本山の偽法には堪えられません、
私などは先日、貴宅を訪問せしときに、その意中を語ろうと思ふたが、翻って一考すると、折角因縁あって住職した今の地が、二三百年来、曹洞宗の信仰の下にあり乍ら、高祖道元の性格は勿論、其名も知らぬといふ気の毒な人ばかりであるから、之を見捨てゝ去る時は、千万劫此地に仏種を植ゆる事は出来ぬ、それで本山から住職罷免のあるまでは無我の真理を剣として、一生懸命に戦ふ覚悟で居りますが、今は四面楚歌の声で、いつ落城するやらわからない、それは自然の成り行きに任せるとして、私も何とかして月一回位は大日堂を訪れたいと思ふけれど、自己の小さき力は、大なる周囲の事情に敗れるのでその意を得ません、請ふ同情あれ、次に同朋諸氏よ、私の処も無我の愛の看板はないが、事実はそうに違いないから、修養と伝道とを兼ねて遠慮なしに御出で下さい、
独身生活の殺風景も、無我愛に住する私には、自然の広長舌を伴として、日一日と妙境に進む心地が致します。
(淵上登美氏所蔵)
Source Note
Uchiyama Gudō 内山愚童, letter to Itō Shōshin 伊藤証信, early November 1905. The letter was subsequently published in Muga no ai 無我の愛, no. 13 (10 December 1905). Reproduced in Kashiwagi Ryūhō 柏木隆法, Taigyaku jiken to Uchiyama Gudō 大逆事件と内山愚童 [The High Treason Incident and Uchiyama Gudō] (Tokyo: JCA Shuppan, 1979), 230. Kashiwagi dates the letter to early November 1905 (明治三十八年十一月初旬) and identifies the reproduced source as held by Fuchigami Tomi 淵上登美.
How to Cite this Article
Uchiyama Gudō (1905). "Letter to Itō Shōshin." Transcribed by James Mark Shields. The Radical Buddhism Project. Version of 5 October 2026. http://radicalbuddhism.net/wiki/UG05ISH.
