市川白弦、「マルクス主義と禅――覚え書」
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市川白弦 (1930). 「マルクス主義と禅――覚え書」 [Marxism and Zen: Notes]. (English translation here.)
Contents
1. Text
1.1 Section 一
1.2 Section 二
1.3 Section 三
1.4 Section 四
1.5 Section 五
2. Source Note
3. How to Cite this Text
Text
マルクス主義と禅
――覚え書――
編集者から右の題目を課せられたのであるが、これは見かたによってはなはだ広汎な問題であって、諸家の綿密な研究と実践とをまって解決せらるべき性質のものである。この稿においてはまずこれまで仏教者側から提出された解答の諸相を回顧し批評し併せて卑見の草案を羅列するに止めよう。而してマルクス主義の宗教否定の紹介も、頁の都合上、諸家の意見を吟味する際に自から隠顕する程度にしておく。
一
これまで宗教――主として仏教を支持する人たちから与えられた解答は、私の見たかぎりでは、およそ左のごとく類別される。誤解があったならば御叱正を乞う。
(イ)マルクス主義と宗教との立場に関して
(1)マルクス的範疇と宗教的範疇とはまったく別だ。宗教家は宗教家らしくしていればよろしい。――今中次麿(『中外日報』、一九三〇・四・一〇。この稿、以下特に年表記のないものは、一九三〇年のもの)、暁烏敏(同、
四・二四)、その他宗教的価値の独自性を高調する宗教学者の一部。
(2)経済改革理論としてのマルクス主義は宗教批判をやめるべきだ。――木村泰賢(『中外日報』、四・一八)。
(3)仏教は唯心論でもなく、唯物論でもない。色心不二、心に執するも物に執するも不可――松原致遠(『中外日報』、一・二五)、矢吹慶輝・木村泰賢(同、四・二三)、小柳司気太(『文化時報』、三・二五)。
(4)仏教は空観によって事物への執着を離れる――高神覚昇(『中外日報』、一・二六)。
(5)社会改良の原理は「自利、利他」大乗の菩薩道に尽きる。これ以上加えるべき何物もない。――紀平正美(『中外日報』、四・二五)。
(6)マルクス主義も一種の宗教だ。――城戸幡太郎(『宗教研究』、七一二)、伊藤証信(『中外日報』、三・五)。
(ロ)マルクス主義の実践に対して
(7)階級闘争不可――諸家ほとんど全部(ただし城戸、伊藤両氏はやや趣がちがう)。
(8)精神の自覚が先決問題。万人が真に自覚せぬかぎり平等は行なわれない。――暁烏敏(『中外日報』、四・二四)、賀川豊彦・稲津紀三(同、二・二)、矢吹慶輝(同、四・二〇)、西田幾多郎(『芸術と道徳』、一七五頁)。
(ハ)マルクス主義の宗教否定に対して
(9)かれらは現存の宗教と宗教の本質とを混同している。かれらの宗教否定の対象は宗教の現状に過ぎない。――宇野円空(『中外日報』、二・二二)、伊福部隆輝(同、四・二二)、金子白夢(『社会主義の宗教的批判』)。
(10)既成宗教には否定せらるべき多くの部分がある。――寺田弥吉(『中央仏教』、一九三〇年五月)、三木保幾(『読売新聞』、四・二七)。
(11)宗教の特定の存在形式は否定されるにしても宗教の本質は否定されない。人間に生死の悩み、もしくは
「無限」への欲求がある限り。――伊福部隆輝(『中外日報』、四・二二)、木村泰賢(同、四・二七)。
(12)階級闘争の根底は人間の利己主義にある。ブルジョアもプロレタリアも同じ原理に立つ。まずかれらに無我を勧めよ。ここに宗教の領域がある。――寺田弥吉(『文化時報』、一九二九・一二・二八)その他諸家。
(13)パンだけで問題は解決しない。宗教はパンを得た後の問題だ。――矢吹慶輝(『中外日報』、四・二〇)、川合貞一(同、四・二七)。
(14)仏教はいわゆる彼岸主義ではない。地上に仏国土を建設せんとする。――稲津紀三(『中外日報』、二・二)、その他諸家。
(ニ)将来、仏教(宗教)の採るべき態度に就いて
(15)大乗仏教の社会的現実的態度、精神的理想主義的態度をもってせよ。――小野清一郎(『読売新聞』、五・二)。
(16)社会化せよ。社会に即して個人を救え。――木村泰賢(『読売新聞』、四・二七)、帆足理一郎(同、五・一)。
(17)彼岸主義を棄てて現実に即せ。――寺田弥吉(『中央仏教』、五月)。
(18)精神的立場に立つべきも物質に即せ。――木村泰賢(『読売新聞』、四・二七)。
(19)唯物主義と妥協するな。宗教の物質化は宗教の堕落だ。物質を精神化するところに宗教の本領がある。――柘植信秀(『読売新聞』、五・二三)。
(20)大衆化せよ。しかも階級化するな。全人類的であれ。――木村泰賢(『読売新聞』、四・二七)、三木保幾(同、五・六)、帆足理一郎(同、五・七)、田中耕太郎(同、五・六)。
二
以下、諸家の見解を吟味する。覚え書のあわただしさ、意を尽くさざる点、礼を失することもあるであろう。大方の批正を仰ぎたい。上記番号順に批評する。彼此対照を乞う。
(1) 資本主義的分業観念の反映。しからずんば小乗的法執。かかる分業癖が有機的な幾多の生命現象を分割し拮抗させた。「胸を露わし足を跣にして塵に入り来る。土を抹し灰を塗って笑顔に満つ」(『十牛頌』)。
自由人は「宗教自体」といった矜持を棄てた。
(2) マルキシストがマルキシストであるかぎり、而してかれらの唯物史観を戦い取ることに宗教家が協力しないかぎり、マルキシストとしては宗教否定を断念せぬのが当然。唯物史観を克服せずしてかかる要求を提出するのは無意味である。
(3) 「物心一如、色心不二」――これを振り回すところに直観主義の阿片性がある。それは純なる直観の表白であった。而して直観の世界を示唆するものとして正しかった。が、ひとたび差別の世界へ下るならば、精神には精神の理法、物質には物質の法則がある。「差別即平等」は体験的立場への示唆としての意味をもつ。「物心一如」の煙幕へ、物の法則も心の理法も忘却させて陶然としている安心ははなはだ粗雑である。ゆえに古聖も「後得智」の綿密ならんことを願った。ここでは物心の融一よりも物心の弁証こそ望ましい。
(4) 目標は正しい。しかし天才に妥当することは必ずしも万人に妥当しない。孤独者に妥当なことは必ずしも妻子ある者に妥当でない。資本主義が一切を、人間そのものをさえ「物」化し商品化した。万人ができうるかぎり物への関心から放たれて生活しうることを条件を考究することも必要である。
(5) 「善事を為せ。人生の目的之に尽きる」ということほど、明白であり、かつ曖昧である。しかしながら、たとえば猫に食われんとするとき、鼠はいかにして「自利、利他」を履行しうるや。
(6) 宗教の定義によっていかようにも考えられる。ともかく従来の宗教とマルクス主義との顕著な差異のひとつとして次のことに留意したい。宗教が心持を変えることによって環境の圧迫を忘れようとするに対して、マルクス主義は環境を変えることによって心持を変えようとする。
(7) 「剣禅一如」といった合い言葉のもとに、殺戮と、戦争とを肯定してきた仏教者が、「階級闘争」の声におびえて「善導」に狂奔するのは奇怪である。過去を懺悔するか、現在を改めるか。三省を要す。
(8) これの批評は(4)の批評から演繹されよう。而して平等にしたところでじきに差別ができるから駄目だという論理はややもすると治療したところでまた病気するだろうから治療するに及ばない。飯を食ったところでまた腹がへるだろうから食うのは無駄だという論理と混同されやすい。
(9) 私も同意見である。ただし次のことに留意したい。歴史の見地から一切の事象を現実の相の下に把握するマルクス主義者にとっては、諸宗教の現実形態を離れて、永遠に変わらぬ宗教の「本質」といったものは存在しない。ゆえに宗教の本質にさえ還ればいいのだという弁護は、マルクス主義にとっては無意味な掛声にすぎぬ。
(10) 万人の認むるところ。
(11) 生死の問題は宗教によらなくとも解決せられる。生死をマルクス主義の実践に託することにおいて安心を見出した主義者もあった。――これを宗教といえば別だが。さて無限には色々ある。外延的な無限――ヘーゲルのいわゆる「悪無限」もまた無限のひとつである。しかし通常われわれが欲求するものは
実にこの種の無限である。なお詳しい考察が必要であろう。
(12) この批評も(4)のそれから演繹されよう。なお後に考察する。
(13) しからば絶えず飢餓線上に彷徨せる幾千万の失業者に向かって宗教は何を為さんとするか。高貴なる宗教家は霊魂の救済にのみ関心すればいいのか。
(14) かかる言葉によってしばしば仏教が弁護せられた。しかしキリスト教ですら神の国を「地上にも来す」ことを考えている。マルクス主義における宗教否定の主眼は宗教教理の克服ではなくて宗教的実践の観念性――宗教の理想国建設方法の架空性の克服にある。レーニンは宗教を「民衆の幻想的幸福」だと考えた。
(15)(18) いずれもはなはだ漠然としている。問題はそれらの理想を具体化するための手段、方法、順序およびこれらの理論的基礎付けにある。
(19) 物質を精神化するとは杜撰な表現である。心の持ちかたひとつだといった教えが、しばしば人間に虚偽と不自然とを強いた。「鼻をつまんで腐肉をくらい、耳を掩うて鈴を盗む」――これが精神主義の魔術である。
(20) 「人類」とか「人間一般」とかいったものはどこにもいない。その良し悪しは別として、闘争によって階級を揚棄せんとする大衆に向かって階級化を戒め「人類」の名において平和を説くことは、宗教家が意図するとせざるとにかかわらず、事実においては守勢の側の資本家を擁護し、無産者を圧迫する結果になる。レーニンは宗教を「無産者に対する精神的圧迫」と考えた。現代にあっては「人類」「平和」「博愛」などの観念すら階級化を余儀なくされている。かくて宗教はますます無産者の側から離れてゆく――これは私の「意見」ではない。現前の事実である――ここに三浦参玄洞の言葉を引いてこの批評を結ぶ。「社会運動はその社会その時代の客観的情勢を基調として興るものなる以上、予め右で行こう
とか左で行こうとか予定のつけ得られぬものであることを覚悟せねばならぬ。一船が右舷に傾いて正に覆らんとするとき、危いと気付いた程の乗客は、逸早く右から左へ飛退いて行くだろう。その時一人のあるありて『船は中央に乗るのが一番安全である』と叫んでも誰も耳には止めぬであろう」(『中外日報』、一九二九・六・二八)。
三
われわれが東西両洋の思想を対比して特に興味を感ずることは、両者における「物」に対する考えかたの相違、および「歴史」に対する態度の違いである。
自然法を理解して「自然を征服する」ことはベーコンの、而してまた欧米文化の指標であった。「自然の機に遊ぶ」ことは荘子の、而して東洋精神の基調であった。前者における自然は自然科学的自然、後者における自然は直観的、超経験的な自然であった。したがって経験的なる「物」は、前者においては研究し征服せらるべき「物」であったが、後者においては厭離し超越せらるべきものであった。「荘子」にいう「己を物に喪い、性を俗に失う」。
哲学は西洋においても東洋においても「存在の問題」から出発し「有」「無」の弁証に進んだ。しかし彼にあっては「有」を求めて「発展」に向かい、ここにおいては「無」を願って「寂滅」に向かった。有無は彼においてはおもに事実認識の範疇となり、ここにおいては価値認識に結合せられた。したがって「因果」の範疇に関しても彼の自然科学的因果に対してここでは道徳的ないし宗教的因果が考えられた。約言すれば「物」は東洋精神の空観的傾向に対しては「仮有なるもの」「厭離すべきもの」として現われた。東洋に厳密なる「物」の学――自然科学が発達しなかったのはむしろ当然といわねばならぬ。「小学」といい「大学」
といい「十五にして学に志す」というも、みな聖人の学にほかならなかった。
次に「歴史」について考えてみる。さきに西洋の文化は「発展」に向かったといった。ダーウィンは生物の「進化」を考え、ベルグソンは時間における「創造的進化」を説いた。しかし東洋においては「返本還源」(『十牛頌』)が求められ「王政復古」が唱えられる。政治革命の目標は尭舜の古に帰ること、宗教改革のそれもまた祖師の昔に帰ることであった。東洋に「歴史」の観念が発達しなかったのも当然である。歴史観念の本質は「発展」であるから。かくて唯物論と歴史学とは――まして唯物史観は東洋人にとって極めて縁遠いものであった。問題はここにある。古東洋の精神主義はいかに深くかつ美しいものである。しかしながら「物」に対する軽視が、かえって心を物のために躓かせ、その世界観を粗雑にし、実践の手段を観念化する傾きはないか。歴史の唯物的機構が複雑化し矛盾化したる今日、特にこのことが省みられねばならぬ。
四
(1) 物質の原理をもって精神の原理を枉めてはならぬように心理をもって物理を侵してもならぬ。今日では単に医学、自然科学の問題であるものが、かつては神学の問題であった。幾多の誤謬と禍害とが自然法への無理解から宗教の形において現われた。雨を祈って犠牲を捧げるごとき。物理の学が教える手段をもって物理の脅威から逃れるものを人は時に宗教によって逃れんとした。避雷針をもって避けえられる落雷を祈禱によって避けんとするごとき。宗教が民衆の幻想的幸福だと称せられる理由のひとつがここにある。
(2) 社会進化の原理を知ることが必要である。歴史の行程を規定するものは宗教の「福音」ではなくて、むしろその社会の経済的機構である。失業問題を解決するものが「福音」や「慈善鍋」だとは何人も考え
ぬであろう。経済法を意識的に統制することによって得られるものを「稲荷」の信仰をもって獲得せんとするごとき、いずれも社会法ないし経済法の無理解に基づく錯誤である。近代人にとって運命の神はしばしば市場に浮動する流通経済に過ぎない。
(3) 対人法を誤ることから幾多の誤謬が生まれる。女人と奴隷とは成仏しえないと考えた宗教もあった。京都の比叡山麓には今なお「女人牛馬結界」の石柱が残っている。女人と牛馬とは宗教家によって同列に処理せられた。まさに婦人解放史における「貴重なる」史料である。「因果応報」の教理がいかにしばしば貧しきもの虐げられしものを萎縮と卑屈と愚昧とに閉じ込めたことであろう。
(4) 最後に経済的環境と人間との関係を理解することが必要である。悲劇と犯罪との大部分が生活難に根ざしている。「貧すれば鈍する」といわれる。「金持喧嘩せず」とか「衣食足って礼節を知る」とか「恒産無き者は恒心無し」とか「氏より育ち」とかいずれも環境と心境とがいかに密接に結合しているかを語る。われわれに殺人を為せといわれてもできるものではない。主なるわけは現在さような環境に置かれていないからである。これに反して、たとえば一人の青年の目前において猥褻な行為を見せつけておきながら、かれに禁欲を教えることはまず無効であろう。「性の善悪を問うな、善縁を与えよ」(道元禅師)。「孟母三遷」の話もある。各人の人格的完成のためになるべく良き条件を設定し悪しき物質的障害を除去することもまた必要であろう。精神の自覚を高調せんとする者はまず環境の重要さを理解しなければならぬ。百丈の煙突の尖端に平然と腰掛けられる者が幾人あろう。天才にあてはまる原理をもって万人を導こうとしてはならぬ。菩提に菩提の理法があるように、虚妄には虚妄の必然がある。万人を支配する原理を通して万人を導かねばならぬ。一切の社会問題を一様に人間の利己主義(我執)に還元することは、間違いではないにしてもはなはだ抽象的である。かかる空疎な社会観をもって一切を処理せん
とする無謀を慎みたい。
(5) しかし私は仏教と唯物史観との「妥協」や「折衷」を説くのではない。妥協、折衷はつねに両者の独自性を減殺し活力を弱めまたしばしば折衷の仕方に混乱を招く。ここに折衷主義の欠陥がある。漫然と「社会化せよ」「物質に即せよ」と主張するのは軽率である。
(6) 異なった立場から現われた異なった世界観の結果のみを結合せんとするのは木に竹を接ぐようなものだ。まず立場と立場との弁証が行なわれなければならぬ。空海が『十住心論』において、延寿が『宗鏡録』において、諸の立場を系統付けんとしたように、われわれもまた禅の立場――人心の本然に立脚して諸世界観の立場を批判し位置づけ而して各の位置と領域とにおけるそれぞれの意義と真理性とを認め、しかもそれらが禅にいたる過程、または禅を実現するための方便となるように、取捨し弁証せられねばならない。ここにこそ正しき思惟の任務が存在する。単に現実に即せよとか無産者に同情せよとかいうようにわれわれの実践に関する「思い付き」的な修正に止まらず、さらにわれわれの世界観に関する修補と組織化とが行なわれることも必要であろう。
五
簡単にマルクス主義を批評する。
禅の本領はまず各人が本来の面目に帰ることである。「赤肉団上一無位の真人あり。常に汝等の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ」(『臨済録』)。さてマルクスはいう「人間が其人間性、其本体を取戻すことのできる唯一の方法は一切の宗教表象の根本的克服と、神へでなく、彼自身への決然
として正当なる復帰」という宗教否定の言葉は、皮肉にもそのままこれを禅の標語にまで「深める」ことができる。禅の実践は見性であり直指人心であった。直指天国でもなく直指彼岸でもない。禅宗ははなはだ神話的観念論的に荘厳せられていた仏教の理論と実践とをまったく人間の日常生活の内へ解消してしまった。「喫茶去」といい「洗鉢」といい「麻三斤」といい「柏樹子」といい「好雪片々」といい、また「日々是れ好日」という。あらゆる宗教的表象を生活の中へ解消させた点において、固定した信条をもたない点において、禅ははなはだ非観念論的である。まことに禅の生活者にとっては仏教さえも「閑家具」であった。しかしながらマルクス主義者のいわゆる「人間自身への正当なる復帰」がわれわれの標語にまで深められるためには、幾多の吟味と清算とを経なければならぬ。もちろんこれを成し遂げるのが本稿の目的でない。ここではただかかる吟味と清算との方向と輪郭とを描くに止める。
(1) マルクス主義はプロレタリアの独裁を説く。それはひとつの強権主義である。強権を否定するに強権をもってする。泥をもって土塊を洗うにひとしい。
(2) マルクス主義は主体と条件とを混同している。物は心を制約することいかに大なりといえども心の条件になりきらない。食物がただちに生命ではないように。主体を忘れるな。
(3) 精神ないし文化現象に対して発生論的な見かたを採る。そこには広さと新しさとがある。しかし直観の深みがない。マルクス主義の人間観はいわば人間の皮と肉との研究である。真髄の洞察ではない。この点は先駆者フォイエルバッハの方が進んでいる。
(4) 発生論的研究も理解のひとつの方法ではある。しかし唯一の方法ではない。水の味を知るには水の成立を知る必要はない。発生論的方法によって一切の文化現象の意義が全部的に決定されると考えてはならぬ。宗教の起源と意義とはマルクス学的方法によって曝露せられ、マルクス主義的実践によって清算せ
られる箇所も多々あるであろう。が、これによって否定し尽くされるとは考えられぬ。宗教の本質的なる萌芽は、人間的なるものの本質と制約の中に横たわっている。
(5) 少なくとも禅がよって立つところのものはまったく否定の対象にならぬ領域である。否定は「思惟」を通して行なわれるよりほかはない。しかし禅の立場は「思惟」の世界には無い。「向わんとすれば即ち背く」底のもの。デカルトはその哲学を一切の存在と真理の確実性を疑うことから始めた。そして終に「疑う」こと、いい換えれば「思う」ことの自明性に到達した。禅の立場はかかる思惟すらも超越してしかも一切の思惟を表現し成立せしむる根底もしくは場所にも比せられるもの。マルクス主義もまたかかる超思惟的なるものの掌上で踊るにすぎない。
(6) 生まれながらのマルキシストは無い。いずれもマルキシストになったのである。ひとつの世界観から他の世界観へ移りうるのは意識の作用的側面が常に特定の意識内容を超越しうるからである。かれらがブルジョアの世界観をも理解しうるのはそのためである。意識はそれ自身無限性、普遍性をもつ。しかもこのことは唯物論者フォイエルバッハすら認めたところであった。現実の意識は常にその意識内容を超えたものに触れ、このものに統一せられている。
(7) 無明といい執着といい、いずれもこの統一が十全でない形である。意識の分裂性と執着性とは先天的に人間性そのものに内在しているようである。したがってわれわれの環境によって触発せられ倍加せられることがはなはだ多いにしても、一切の執着と不安とが環境の所産であるとはいわれまい。人間がかくのごとき本質と制約とを有するかぎり、かれは絶えず根源の「一」なるものへ「還らんとする」であろう。分裂の原理としての思惟は同時に統一への要求にほかならぬ。しかし最後の二元は思惟によって克服されることはできない。思惟は一切の現象を主辞と賓辞との関係において、すなわち「対立」
において処理する原理だから。最後の対立は思惟からの飛躍に委ねられねばならぬ。ここに禅への通路がある。
(8)宗教の起源が物質的環境の矛盾に帰せられるならば、同様に人間に搾取せられる動植物もまた宗教をもつか。環境そのものに矛盾は無い。矛盾を感ずるものは人間の精神でなければならぬ。「芭蕉葉上愁雨無し、只だ是れ時人聴いて断腸」。まず精神なるものの本質が明らかにされねばならぬ。精神あっての矛盾であり、主体あっての条件である。
(9)マルクスによれば人間を動物から区別するものは物質的「生産」である。かかる生産を開始したものは物質的環境であったか。そこにはすでに人間的なる能動性が認められねばならぬ。而して人間の能動性の本質に向かって究明が加えられるべきである。
(10)生活が意識を決定するというマルクス主義の主張は「巡査は貧乏である。ゆえに彼らはマルキシストである」という論理のごとく粗雑である。クロポトキンは貴族から出て革命家となった。かつこの論理は、生活が楽になったために反動化した同志を「裏切り」の名をもって非難する根拠をもたぬ。かかる非難は何らか人道主義的な理想を設定する立場においてのみその根拠を見出す。
(11)その哲学から理想主義を排除したヘーゲルは、そこにかれの弁証法の革命的性質にもかかわらず、現状讃美の反動哲学に堕するひとつの機縁を潜めていた。弁証法の革命性を徹底せんとするマルクス主義は同じく目的意識の疎外のためにかえって物質的宿命観からしずんば盲目的破壊主義に終わる危険をもつ。
(12)われわれはなるべく純粋に厳密に目的を設定し、しかる後この目的実現のためにその時々の環境の物質的並びに精神的機構の変化に随ってなるべく純粋な、なるべく有効な計画と手段とを選択しなければな
らぬ。その際われわれは帰納と演繹との正しき適用によって具体的方法を決定すればいいのであって、必ずしも定立、反定立、総合といった弁証法による必要はない。形而上学からの離脱を叫んだマルキシズムはかく唯物弁証法において再び形而上学へ没入してしまった。
さて私はかかる目標を試みに次のごとく略叙しよう。「常に万人ができうるかぎり本具の心性を生かし楽しむことを究極目的としてそのために必要なる精神的ならびに物質的条件を造営するために、万人が能力に応じて働き、必要に応じて取り、できうるかぎり明確なる思惟が認めた最小の犠牲を忍ぶ」。われわれはかかる包括的目標に向かってあるときは精神の純浄に照らし、ある時は理の普遍に尋ね、またあるときはことの万変を辿って、直観し、考察し、調査することによって常に「衆生と共に」仏道を成ぜんことを願うものである。
Source Note
"Marxism and Zen: Notes" (Marukusu shugi to Zen—oboegaki マルクス主義と禅――覚え書) was written by Ichikawa Hakugen 市川白弦 in 1930. The essay surveys twenty responses to Marxism from Buddhist and other religious thinkers before advancing Ichikawa's own critique of both religious idealism and Marxist materialism.
This transcription follows Ichikawa Hakugen, 「マルクス主義と禅――覚え書」, in 『市川白弦著作集』 (Ichikawa Hakugen chosakushū [Collected Writings of Ichikawa Hakugen]), vol. 3, pp. 219–232. The reported original publication is Chūō Bukkyō 中央仏教 (June 1930), pending bibliographical confirmation against the original issue. The edition, publisher, and publication year of volume 3 should also be checked before a complete print citation is supplied.
Page markers reproduce the pagination of the collected text. This transcription is provisional: the punctuation of the reference to 今中次麿 in item (1), the abbreviated 『宗教研究』 reference in item (6), and some personal names and classical quotations remain subject to full comparison with the scans. No unresolved reading should be represented as definitively established.
How to Cite this Text
Ichikawa Hakugen (1930). “Marukusu shugi to Zen—oboegaki” マルクス主義と禅――覚え書 [Marxism and Zen: Notes]. In Ichikawa Hakugen chosakushū, vol. 3, 219–232 [imprint verification pending]. Transcribed and edited by James Mark Shields. The Radical Buddhism Project. Version of 21 October 2026. https://radicalbuddhism.net/wiki/IH30MTZ.
