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妹尾義郎「農村の窮迫と農村寺院の運動」『新興佛教』1932年(昭和7年)7月. | 妹尾義郎「農村の窮迫と農村寺院の運動」『新興佛教』1932年(昭和7年)7月. | ||
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妹尾義郎「農村の窮迫と農村寺院の運動」稲垣真美編『妹尾義郎宗教論集』東京:大蔵出版、1975年、316–324頁. | 妹尾義郎「農村の窮迫と農村寺院の運動」稲垣真美編『妹尾義郎宗教論集』東京:大蔵出版、1975年、316–324頁. | ||
[[Seno'o Girō]]. “Nōson no kyūhaku to nōson jiin no undō” 農村の窮迫と農村寺院の運動. In ''Seno’o Girō shūkyō ronshū'' 妹尾義郎宗教論集, ed. Inagaki Masami, 316–324. Tokyo: Daizō Shuppan, 1975. | |||
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Original publication:
妹尾義郎「農村の窮迫と農村寺院の運動」『新興佛教』1932年(昭和7年)7月. Seno'o Girō. “Nōson no kyūhaku to nōson jiin no undō” 農村の窮迫と農村寺院の運動 [“The Crisis of the Countryside and the Rural Temple Movement”]. Shinkō Bukkyō 新興佛教, July 1932.
Source text:
妹尾義郎「農村の窮迫と農村寺院の運動」稲垣真美編『妹尾義郎宗教論集』東京:大蔵出版、1975年、316–324頁. Seno'o Girō. “Nōson no kyūhaku to nōson jiin no undō” 農村の窮迫と農村寺院の運動. In Seno’o Girō shūkyō ronshū 妹尾義郎宗教論集, ed. Inagaki Masami, 316–324. Tokyo: Daizō Shuppan, 1975.
農村の窮迫と農村寺院の運動
農村の自覚と農本文化の建設
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A 農村問題はスバラシクやかましい問題となってきた。たしかに、だれもが考へねばならん問題だ。
B その対策については色々講究されてをるが、一寸見当がつかんらしいぢゃないか。これまでの労働争議や小作争議がかなりやかましい問題であったが、こんどの農村問題ばかりは、何だか社会が根こそぎから返されるやうなキツイ衝動を感じた。過般の農民××のごとき[もの]もその一つの現はれぢゃなからうか。
A 何しろ、農村問題は全国の大半をしめる農家の死活問題だ。その上、それは、都市の生命線の問題でもあるだけに、全社会の胃袋の問題だから、さうした感じのするのが当然だらう。この頃「窮迫せる農村の実相」と題した朝日新聞の報道をよんでをると、働きもせんねエ連中が、白米の飯を腹一杯かきこんでゐる生活が、何だか罪悪でもあるかに考へられるほどだ。
B あれで見ると、各県とも農家一戸あたりの負債は平均八九百円だ。全日本では農村は実に五十億円といふ莫大な負債に手足をしばられてをるわけなのだね。
A 一戸あたり八九百円の負債といへば、たいしたことでもないやうだが、米の値もずゐぶん安くなり唯一の資源が枯渇したのだ。その上今でも資金融通の道もまるで運用されないから困難は一倍だ。ぼられ都市にしぼられる。二重の搾取と、おまけに、おなじ所得の商工業者にくらべて二倍乃至三倍の公租公課の負担をさせられて、豊作の年でさへ豊年地獄といふ皮肉な苦しみをなめねばならず、凶作ときては去年の東北地方の惨状だ。どの道、今は農村の八方ふさがりだ。お百姓さんが畦道に立って思案にくれるといふのも尤もだ、と思ふ。
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B あの新聞に「低利資金の有難迷惑」と題して、こんな話がのってゐた。神奈川県の例では、ある小作農が低利資金を借りに役場にいったら、役場では彼の滞納を低利資金から差引いて、現金の代りにマイナスの勘定書がわたされた、といふことだ。山梨県の例では、「一人当り五十円づつ借りるために田舎の山の中から県庁と勧銀支店へ十人で八回通ったので旅費、べんとう代が二十円づつになって結局三十円を借り、五十円を返済せねばならなくなったから、とんだ高利貸となった」といふことだ。こんなことばかりはあきれてものは云へぬ。金金、カネの始末だ。現在、農民ほど恵まれてゐないものはないやうである。
A 全くだ。第一、汗水しぼって作りあげたお米が自分の口にはいらないで麦や粟だ。それも充分には食へん者さへあるといふんでは無茶だ。東北地方では娘を売って借金の利息を払ったり小作米を納めたりする農家さへあるといふぢゃないか。ところが都市の上流階級を見ると、栄耀栄華おもひのままの生活ぢゃないか。考へれば不合理千万な世の中だ。これでは多少でも社会主義に目覚めて見ると、このままではすまされん問題なはずだ。
B だが、歴史を見ると百姓は元来が宿命的だからした生活者ではないのだらうか。
A 原始共産社会以後、階級社会にあっては、農民階級は不幸にして其の観があった。しかしながら、それゆゑに今後もこのままに被支配階級であらねばならん道理はない。不合理は早晩清算されずにはをらぬ。今度こそ働く者がさげすまれ働かない者が威張った、あべこべの人類の前史が清算される日がきたのだ。
B しかしさうした根本的清算が現在の政治家でやれるだらうか。当面の対策さへもがハッキリしないんではないか。農村の立て直しは一寸むづかしいぞ。或は農村はこのまま窮乏から滅亡へと追ひやられるのぢゃあるまいか。
A じょうだん言っちゃ困る。農村は全人類の生命線ぢゃないか。農村が滅亡する日は人類が滅亡する日だ。君は人類がこのまま滅亡すると思ふかい。人類が生存するかぎり農村は滅亡するもんぢゃない。滅亡させられるもんでもない。農村は不滅だ。農村のこの窮迫こそは農村復活への陣痛だ。そして、それは同時に課せられたる……
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都市偏重の片輪文明の清算期であり新しき農村文化の再建期だと思ふ。もとより、この再建は現在の政治家の、あの名利にたゞれた手などで出来るものではない。それだけ大地に立つ農民それ自身の自覚と自力的努力によってのみ可能なんだ。
B 都会といへば、この頃の都会生活は全く欺瞞と虚栄、不安と焦燥の連鎖劇みたいだ。ほがらかな落ちつきや醇厚な人情など味ふことは一寸むづかしい。マルクスだったか「都会は資本主義の墓場だ」といったが、全くロボットの行列場のやうだ。目覚めた人間のいつまでもたへうる生活ぢゃない。都会は農村の自覚に比例して制限され整理されるであらうが、改造される新社会にあっては農村の地位はどうなるんだらうか。
A 僕は将来の社会は文化的に統制された農本的共同社会でなければならんと思ふ。
B 農本的共同社会といふのは農業本位に統制された共同社会といふ意味か?
A その通りだ。
B 機械文明は否定するのか。
A 反対だ。大衆的農本的に活用するのだ。農本社会といってもそれは原始共産社会とはちがふ。機械がわるいのではない。機械が大衆性を奪はれ一部の階級の利益のために使用されたり、極端に一切を機械化するところに弊害が生じるのだ。今後はまだまだ農業技術にも機械は応用されねばならぬ。
B どうして農業本位の社会にせんならんのか。
A たとへば積木をするにしても、積木が安定するためには上部よりも下部がより広大ならん。ピラミッドのやうな状態に積まれなくちゃいけない。もし之と反対に下部の方が狭小だと不安定になって少しの動揺がきても崩れるだらう。社会の安泰平和も全くこれとおなじ道理だ。農本的階級が上部を支へきれぬほどに窮弱した場合は、必ずや一大動揺が起って再びピラミッド型に復帰せねばやまぬはずである。では社会の根本的階級とは何だ。いふまでもなくそれは労農階級なんだ。わけて農民階級なんだ。見給へ、人類生活の必需品を、衣食住の大半はすべて農林業者の手によらぬものとてはないぢゃないか。五穀はもとよりだ。建築用の材木や織物も畳表も、茶もコーヒーも酒も醤油も味噌も砂糖も、みんな農民の汗の結晶がもとだ。農村はたしかに人類社会の生命線であり根柢であり、ありがたい母性的存在なんだ。
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ところが、十九世紀の産業革命以後、商工業は相因果して急速度に発達して今日の資本主義社会をつくりあげた。そしてブルジョア文明は完成され爛熟したが、之に反比例して徐々に社会的根柢である農民階級はちぢまってきて、ここに逆立したピラミッド型の社会ができあがったんだ。日本でも明治革命以来、十指にみたぬ財閥のつみこんだ五六十億の財産こそ、その間に全農村が背負ひこまされた五六十億の負債なんだ。だから、かうした社会に動揺と不安が連続するのはあたりまへのことなんだ。
B これぢゃ崩すといふよりも、自然に崩れるのが道理だ。必然性といふやつだね。道義的に考へて見ても、ありがたいお百姓さんを奴百姓とさげすんできたのは、まるで母親をあまっちょと呼ぶどら息子にも似た話だから、こんな社会は到底制裁されねばならん不義な社会だ。
A その通りだ。さてここで農村は巨大な「る」ブル階級の重圧にたへきれなくなって未曾有の大動揺がおこり、社会は再び正しいピラミッド型の農本的共同社会に本質的な立て直しが要求されてきたのだ。だから、それを見きわめないでやる、いかなる窮状打開策も結局は一時の弥縫策であって、完全に社会的動揺と不安をとりのけるものではない。といって、眼前の対策としてのモラトリアム等そのもろもろの政策を無用といふのではないが……。
B たしかに、それは道理のやうだ。だがさうした自覚をもって改造運動をやってをるものが果して幾人あるだらうか。第一肝心な農民からが大部分は自覚精神のない頼他的な救済を、全くあてにもならぬ救済をあてにしてをるぢゃないか。
A いやいやないどころか、各方面にさうした機運は根強くうごいてをる。しかしまだまだ農民一般の眠りの深いのは事実だ。
B どうして、さういふ風に自己自身の立場や使命がわからないんだらうか。
A それには色々な原因があるだらう。封建時代から資本主義社会へかけての叩きつけと圧制による原因だが、今一ツは寺院佛教が吹きこんだ他力本願の幻想的安心や自力門の吹きこむ観念生活や、或は服従道徳、等……
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々の影響だと思ふ。何にしても、農民が、農民自身の手にある支配的権威と、農園に漂ふ神聖なる愉悦を忘れて、いつまでも奴隷的根性や都市的享楽が清算されないかぎりは、農村の救済も前途遼遠だ。
B 坊さんも罪の生活をつづけたものだ。一体、常識的に考へても、人を助けるのが、佛様だとして見れば、被支配階級の解放運動のときは宗教家こそ率先してやるべきであったはずだ。それが反って圧制の補助的役割をつとめてきたとはひどいよ。
A 東北地方では、犬に橇をひかせるのに犬の鼻先きに鮭の切れをさしだしてひっぱらせるさうだが、坊さんはあの世の極楽をさきにして民衆にセッセと働かせたが、現代こそ真理の前に欺瞞の清算される時がきたんだ。農村の復活とともに宗教家も自覚めて宗教の本質的運動をやる目がきたんだ。母親が我ままな子供に乳房を与へぬことによって彼を行儀することができるやうに、田園に立って人類の生命線をガッシリ掴んでをる農民の自治的自覚と全国的統制によっては、世の不合理を完全に革正して、人類生活に最もふさはしい農本的共同社会を実現することはキット可能だ。農民は眠った獅子だ。一たび目覚めて吼え立って見る。それこそ断然百獣の王様だ。だが、かうした権威をもってゐながらも、一切をはぐくむやさしい母性的生活者でもあるところにイワンの話ぢゃないが、農本社会のありがたさがあり、永遠性があり、そして勝利があるんだ。
B 農村の社会的地位はよくわかった。農村が奴隷的生活から解放されて、完全に自治的共同社会の主人公になるときこそ全人類の真の平和が将来する日だといふこともうなづけた。
ここで問題を農村寺院の方へむけてゆくが、滅亡の前夜にある農村寺院は、果してどういふ運命をもってをるもんだらうか。農村の復活と共に復活するだらうか。それともマルキシズムのいふやうに宗教は完全に消滅するもんだらうか。
A それは問題だ。だがマルキシズムを完全に信ずることのできない僕には、ブルジョア階級の滅亡は信じられるが、佛教そのものの消滅は考へられない。ブルジ……
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ョアー社会では宗教の本質は滅亡するが、農本社会は科学的社会観のみで組み立てられない社会だ。農本社会は、科学文明と精神文化とが大自然の母胎で、渾然と融合した文化社会で、言ひかへれば、自然への文化的復帰であって、自然の単なる科学的征服ではない、と思ふ。
君は共産主義者が高調する「三・一五」の歌をしってるかい。
B ウン、あれは彼等が血と泪で歌ふ歌だ。
A 歌は理論ではない。全人格的な生活の表現だから最も真実なものだ。その中に「われらは君に誓ふ、党のため倒れたる渡政同志よ」といふところがあるが、あれなどは科学的に批評すればナンセンスぢゃないか。もう死んで、をりもせん「渡政」に誓ったり、「山宣」に呼びかけたりするのは、一体どういふ意味なんだ。
B まさか先生たちは「渡政」や「山宣」の死後の霊を認めてをるわけでもあるまい。
A もとより死後の個的霊魂などあらうはずはないが、それにも拘らず、人間はああ叫びかけずにはみられない、超科学的な心霊的要請があるんだ。あの歌詞から見ても、「渡政」や「山宣」はその同志にとっては偉大なる人格的価値だが、この価値の世界に宗教の根はおりてをるのだ。もとより物質的規定をはなれるものでないが、また一面物質を価値づける精神作用も認められるのだ。かく物質と精神とを止揚し綜合する世界観、人生観こそ佛教の中道思想であり農本的共同社会はこの中道思想による社会再建を試みる農本社会の復活であるのだ。言ひかへれば円融観的社会の再建だ。
B 円融観とは?
A 自然と人生とがあたたかく調和された社会観のことだ。
B 円融観! いかさま、いい言葉だ。では農村寺院はあのまま存続するのか。
A 共同生活は搾取のない社会だから、現在のやうな搾取関係に立つ寺院など存続するはずはない。伽藍そのものは残っても内容はスッカリ清算されるであらう、そして佛教在家生活の中にとけこんでゆくだらう。伽藍は全農村共有の道場として管理されて、葬式ばかりでなく、全……
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色々な公的事業に開放されるやうになるであらう。
B それらの問題については、もっと説明をきかねばならんが、さしあたり、農村寺院はどう生活したらよからうか。
A 先づブル精神を根本的に清算せねばウソだ。そして寺院と自己とを全農村の前にいさぎよく投げ出して、佛教本来の無所有の信念に帰り率先して共同社会実現へと実践運動を促進さすことだ。できるならば自ら百姓生活を始めて、生活的に農民と呼吸を完全に一致さしつつ前にいった農本社会の理想をグングンと農村の大地にうゑつけることだと思ふ。
B しかし、それは不可能なんだ。百姓しようにも寺院の田地はたいてい小作にかけてあるから、それを取り返すとなると小作人の死活問題がおこるし、さりとて年貢はろくろく納めてくれないし、寺院も今となっては立つ瀬がないんだよ。
A それは僕も承知してをる。それは佛教の本領を忘れて長い搾取生活をつづけてきた寺院への当然の因果なんだ。だから「できるなら」といったのだが、実際問題として一般の農村寺院にやれることは、さっき言ったやうに寺院を農村へ差しだし僧侶は農村の下男を以て任ずる底の捨てきった覚悟をさだめてから、さしあたり農村の利益になる仕事を力の許すかぎりグングンやることだ。たとへば托児所、農家副業の研究と指導、各種産業組合の指導担当、日曜学校や図書館の開設、青年男女の教導を目的とする村塾の開設、妻君の仕事としては裁縫の指導など、少し本気でやる気になって考へると、仕事はかなりあるやうに思はれる。
B 村塾など、一寸面白いが、お寺さんが下男とは一寸ひどいね。
A いや、この覚悟は更生するもののだれもが持たねばならぬ尊い覚悟なんだ。バイブルの「主たらんと欲せば僕たるべし」なんだ。それは無我愛からして自然の態度だ。
B それはいいとして、そんなことで食って行けるだらうか。
A どうせ食へんのぢゃないか。この場合、食へうる唯一の道がこれだと思ふのだ。これまでみんなが支配的立場をねらって、みんながドン詰りに落ちたのが今の資本主義社会ぢゃないか。共同社会とは支配的存在を許さ……
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ぬ、みんなが働き合ふ会社だ。そしてそれへ導く先覚者こそは自らこの下男的態度をもってやらぬことには、とてものこと、我利々々の伝統は革新されるものではない。僕は、真情をこめてやれば、この生活ならキット全体を動かして窮状打開の根本信念をつくりうると信ずる。
B 一通りの覚悟ぢゃやりきれまい。
A もとよりだ。不出世の釈尊でさえ本願成就には血のにじむ六年の苦行を要したのだ。新社会実現といった大事業が、インチキな筆の先きや口の先きで出来あがってたまるものか。すべては血涙の努力だ。僕はこの頃、農村寺院の僧侶諸君の立場は現在働き出すには最も都合のよい立場だと思はれて、羨しくてたまらないのだ。思案にくれるどころか、今こそ佛陀を背負ひ度胸をすえて窮乏の耕地に立ち「先憂後楽」の生活にはれてやる好個の機会ではないか。先月井上君が紹介した「芋代官」「芋地蔵」の故事――石州大森の代官、井戸正朋氏が享保の大饑饉に命をもって窮民につくした義挙のごときは、今こそ農村寺院が率先して実践せねばならぬ行動ではあるまいか。
B それは農村窮乏の実際をしらない、おめでたい英雄主義的空想ではないのか。
A 批評は君の自由だ。だが僕は実践の可能を信ずるのだ。つい先頃も、北海道の同志から耕地提供の申出があったから調査した上で八月上旬には一家をあげて移住して、雪の国の大地に身をもって佛教精神を植ゑつけようと覚悟して勇んでゐるんだが、不幸にして計画が先方から中絶されてガッカリした。だが今もさうした耕地を求めてゐる。僕等が寺院佛教の否定といふものも、つまりはかうした正しい生活への更生を望むことなんだ。
B 新興佛教は寺院のブチ壊し運動だとおそれてをる寺院もあったぞ。
A それは誤解だ。全佛徒は佛陀のみ名に於て手をとって共同社会実現へ努力しようといふのが本意なんだ。農村は農民の自覚と結束とによってキット復活するであらうが、この時こそまた佛教更生へのチャンスでもあらねばならんのだ。既成佛教は都市とともにほろぶが、佛教の更生は新興農村を通じて可能だ。否、佛教のための佛教でなく、農村復活の指導力として先駆するところに佛教的使命があるのだ。もし全国的に配置されてをる農村……
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寺院が革新して組織的に活動をはじめたら、それこそ鬼に鉄棒で、この効果たるや少くないと思ふ。
B さう聞くと、お寺のない村はないが、これらがうまく連絡をとって組織的に運動をやりだしたらそれこそたいしたものだ。わかった坊さんも随分あらうから、やればやれるだらう。
A 教祖や宗祖の生活をしのべば、やらずにはをられんはずなんだ。やらんとすれば、結局、まことの信仰がかれてをるんだ。お経には「渇仰恋慕」とかいてあるが、実践のない恋慕とてはないはずだ。僕は佛教精神を一言にして常に「無常より信愛へ」と考へてをる。明日をはかれん朝露の運命をおもふときに、生くる日の思ひでに信愛一日の生活にも永遠のよろこびが味ひたい。ましてや共同社会実現への契りあった努力においてをやだ。たとへ失敗しても、実践された失敗は成功への一歩接近だ、それこそ「臆病にては叶ふべからず」だ。君、歩み出さねばウソだぞ。嘆息は恥辱だ。戯論は終決だ。傍観は罪悪だ。お互の立場と能力に応じて直接に間接に啓蒙に実践に、農本的共同社会実現へ努力すべきぢゃないか。……君、どうしたんだ、いやに考へこんだぢゃないか?……
B さう云ふから、火の消えたやうな僕の村の様子がまざまざと胸にうかんできたんだ。君、米を作った百姓が米が食へない、何んと不合理の話ぢゃないか!!
(昭和七年「新興佛教」七月号)
