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妹尾義郎「新興佛教運動の進路――一斉に佛陀の大傘下に帰れ――」『新興佛教の旗の下に』創刊号、1931年(昭和6年)4月. | 妹尾義郎「新興佛教運動の進路――一斉に佛陀の大傘下に帰れ――」『新興佛教の旗の下に』創刊号、1931年(昭和6年)4月. | ||
[[Seno'o Girō]]. “Shinkō Bukkyō undō no shinro: Issei ni butsuda no dai-sanka ni kaere” 新興佛教運動の進路――一斉に佛陀の大傘下に帰れ―― [“The Course of the Revitalized Buddhism Movement: Return Together beneath the Buddha’s Great Banner!”]. ''Shinkō Bukkyō no hata no moto ni'' 新興佛教の旗の下に, inaugural issue (April 1931). | |||
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Original publication:
妹尾義郎「新興佛教運動の進路――一斉に佛陀の大傘下に帰れ――」『新興佛教の旗の下に』創刊号、1931年(昭和6年)4月. Seno'o Girō. “Shinkō Bukkyō undō no shinro: Issei ni butsuda no dai-sanka ni kaere” 新興佛教運動の進路――一斉に佛陀の大傘下に帰れ―― [“The Course of the Revitalized Buddhism Movement: Return Together beneath the Buddha’s Great Banner!”]. Shinkō Bukkyō no hata no moto ni 新興佛教の旗の下に, inaugural issue (April 1931).
Source text:
妹尾義郎「新興佛教運動の進路――一斉に佛陀の大傘下に帰れ――」稲垣真美編『妹尾義郎宗教論集』東京:大蔵出版、1975年、255–259頁. Seno’o Girō. “Shinkō Bukkyō undō no shinro: Issei ni butsuda no dai-sanka ni kaere” 新興佛教運動の進路――一斉に佛陀の大傘下に帰れ――. In Seno’o Girō shūkyō ronshū 妹尾義郎宗教論集, ed. Inagaki Masami, 255–259. Tokyo: Daizō Shuppan, 1975.
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新興佛教運動の進路
――一斉に佛陀の大傘下に帰れ――
此の小篇は新興佛教運動を決心した今年頭、たまたま佛教思想普及協会から「青年佛教者と既成教団」といふ題で所信を求められたに対して執筆したものである。頁数に制限があって簡約を余儀なくされたが、何しろ私にとつては新運動の記念すべき第一声であつたから、このままわが「佛旗」の巻頭にかかげることにした。
一
既成各教団が現大衆生活と没交渉の空虚極まる残骸的存在であることは、今更いふまでもないことだ。否、ただに一ヶの残骸的存在であるばかりでなく、反つて、搾取階級の一連環となつて百パーセントの阿片的役割をつとめて罪のうはぬりを続けてをる事も、否定しがたき眼前の事実ではないか。
我等は記憶する。かつて都新聞紙上に、増上寺の某貫主が尖鋭化し行く労資問題の根本解決策として、「労働者に因果応報の理を納得せしめて、安心立命せしめるにある」と言つたといふ報道を。近くは、大阪のさる宗教家が美しき袈裟衣をつけて一日貧民窟を巡回し「物慾を離れろ、そこに安心が恵まれる」と、一片のパンにもあへぐ幾多の貧民に諭し廻つたといふ話など、挙げきたれば現代佛教者一般の誤診顚倒を裏書する事実は枚挙に暇がないであらう。
だが思へ、われらの教祖佛陀は果してどうであつた? かの階級打破、四姓平等の主張は、一体既成佛教団の態度といかに天地雲泥の相異を示してをるか。或は、互に一鉢の食に平等自治の生活をつづけられた生活のごとき、そもそも何を現代人に示唆するものであらう。
かくして思へ、佛陀の真精神と全然離反逆行してをる現既成教団が、現在より、将来へ向って辿るべき必然的運命はそもそも何かを。而して、真理と愛とへの憧憬を
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その特色とすべき青年佛教者は、かかる既成教団に対していかに行動すべきであるかを。然り、それらは最早論議の範囲外であらねばならぬ。ただ一語。「一日も速かなる滅亡と、それへの運動とで再び佛教をして現代に生命づけんとする真剣なる青年佛教者に課せられた使命ではあるまいか。
二
ここに於て、私は真面目なる青年佛教者に二つの運動を提唱する。
その第一は、全既成教団を否定し、直爾に佛陀に帰り、新しく佛陀のみ名による新興佛教青年同盟を実現することだ。その第二は、佛陀の愛と認識とに従って、現資本主義経済組織を否定して、共産共栄の新社会建設運動に邁進することだ。
三
現代人の求むる寂光土が死後に於てでなく、この現実生活に於てであることは言ふまでもない事だ。そして現生活の平安が経済生活を無視して不可能であり、而して、眼前に見る行き詰まつた現社会生活の圧迫不安の原因が、あきらかに資本主義経済組織に基因してをることも、最早あらためて説明するまでもないことだ。
見ればわかる、この問題をぬきにした観念的教化運動の実績を。日々綱紀粛正、日々思想善導、日々教化総動員、等々この数年間を支配階級はどんなに大々的努力を払ひつづけたか。先年は、所謂「国民精神作興」の御詔書までもいただいて、教育者を先頭に一斉射撃のごとき猛運動は行はれたのだ。だが見よ、その効果はどうであつた。エロ、グロ、ナンセンス等々の頽廃性や、彼等の恐るる左傾思想は反って津波のごとき勢を以て流行しつつあるのが現実ではないか。
これに関して宗教家は今こそと時を得顔に叫び廻つた。即ち、それら無効果の根本原因は宗教を無視したる教育であつたからだと。斯くして宗教の声は今や朝野にわたってかまびすしく喧伝されるに至つた。だがまた見よ、見のがすべからざるは当の宗教界一般の内幕だ。俗にもましたものの俗悪! かかる腐敗しきつた既成教団の現実を以てして何の厚顔ぞ。
このままの宗教運動の権威と功果とを押売りしようと
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は一体、寺院佛教は何に向って頭をさげてをるのだ! 佛陀か! 否々、まことには、金持の檀家の前にではないか。
金だ! 金、さうだ金だ! みづからは金、物質――即ち利潤本位物質万能の資本主義に叩頭せずしては生活も説法もできないことを自覚しながら、他に向つてはむしろ物質をさげすみたる精神生活――あやしげなる法悦を強要しようとする。これが厚顔無恥でなくて当世どこにより以上の厚顔無恥の標本が発見されようぞ。
とは言へ、もとより吾々は独り宗教家が物資に追従するをのみ非難しようとするものではない。そこにこそ人間生活のどうにもならぬ宿命的なる半面の約束を認めざるをえないのだ。だから非難しようとする要点はそれでなく、それにも拘らず物資に喘ぐ大衆の困乏を無視軽蔑してただ観念的に大衆を物資外に誘導して、当面の困乏に対して忍従を強ひ、反って物資に困らざる少数支配階級に都合よき阿片的御用宗教を得々弁じ立ててをるその不義なる態度をこそである。
佛陀成道二十七年のことであつた。ある日、一人の高弟は饑餓に苦しむ一青年に精神力の偉大さを鼓吹して彼の心をひき立てようとした。その時之を見られた佛陀は高弟をたしなめて急ぎ一鉢の食物をもたらし与へしめられたといふ事だ。
佛陀の教へは単なる観念運動にとどまるべきでなかつた。飢には食を、寒さには衣を、まことに人生無常の認識に出発して共存共栄の信愛生活そのものの中にこそ永遠の相を見たのではなかつたか。「真理は具体的だ」、空虚なる観念の殿堂に佛陀の精神は存在せぬはずであつた。
かくして現資本主義経済組織を顧みれば、まさしく同胞をして我利闘争を余儀なくせしめ、結果は常に大衆生活を不断におびやかす最も非社会的なる組織ではないか。畢竟、佛陀の精神に離反逆行する組織であって、真剣なる求道者の率先改造に志さざるをえない眼前の大問題であらねばならぬはずである。
四
しかしながら、現既成教団に果してこの大運動へ奮起の果断が求められようか。私は信ずる、それは高利貸に向つて全財産を慈善事業に提供せよと強要するにも等し
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い不可能なる注文だと。松にからんで延び上つた藤は、松を離れて独立しては立てぬはずであるからだ。
新しい酒は古い革袋にもらぬ譬へ。腐敗しきつた古池は、まづその汚水も泥土もすっかりかへ出さぬかぎり、新しき泉は湧いてこぬ筈であらう。まことに既成教団こそ少々の濾過作用くらいで現大衆の渇乏要求を充足すべく、あまりにも沈澱腐敗した汚水泥土にも等しき存在である。だからこそ、既成教団一切は否定せねばいけないのだ。而して、直爾に佛陀本来の泉口を温ねて、再び湧出する滾々たる愛と真理の泉流を汲んで以て、同胞相愛、共産共栄への社会実現を期成すべきだといふのである。
時代は不断に推移し、文化は次第に変遷しゆくが宇宙人生の実相だ。佛教とてその例外ではない。常に時代相応の変革を見せてこそ永遠の価値たりうるものであらねばならぬ。現既成教団の依経のごときも――大日経、首楞厳経、或は阿弥陀経、般若経、法華経等々いづれもの大乗経典は、皆かかる人文発展の過程に立って創作された時代相応の経典で、その目的は其の当時すでに硬化したる過去の佛教をば、その時代の大衆生活の中に復活せしめようとしたる佛教復古運動の産物であつたことは最早争へぬ事実と見なして然るべしだ。かくして吾国に見た鎌倉時代の新佛教運動のごときも畢竟おなじ佛教復古運動であつたのだ。
現代は、日蓮聖人を日本佛教の復古運動者の殿としてすでに六百五十年を経過した。その間、研究は釈尊の歴史を三千年前より二千五百年前の事実と書きかへた。十九出家三十成道を二十九出家三十五成道と訂正した。大乗非佛説は幾多の証明をもつて動かぬ学説となってきた。信仰は盲信であってはならぬ。かかる時代に処しての我等は各宗々祖の立宗の精神をこそ学べ、いつまでも時代不相応なる形態を墨守することを以て宗祖への忠義立てとのみ思ふことは、反って宗祖適時の悲願をそこね、延いては佛陀出世の本願を乱して世に長く佛教の価値を失墜せしめる罪業の外何ものでもないと信ずる。まこと一切経は佛陀の愛と認識――空観――とより分化した一大文化体系だ。佛陀の愛と認識に帰るものにとつては、もはや大同小異なる各宗の形式に拘泥して、いつまでも排他自揚の宗派的偏見をつづくべきではないと思ふ。
青年佛教者よ! 佛陀は、そして、現代は我等に何を
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待望してをるか。
青年佛教者よ! 断然、因襲を捨てよ。而して、佛陀に帰れ。一斉に佛陀の大傘下に帰れ! 而して、握手策励、燃ゆる愛と冷静なる認識とに従って、現代不安の根本基因たる資本主義社会改造へと進出せよ! これぞ時代救済に必要なる名実そろった佛教復古運動であり、吾等に待望されたる唯一の使命であらねばならぬ。
(昭和六年、『新興佛教の旗の下に』四月創刊号)
